【ネタバレあり】映画『RUN/ラン』あらすじと感想レビュー

こんにちは、ラッコです。

最近SNSでよく見かける映画「RUN/ラン」
あまりによく目にするので、気になってAmazonPrimeで鑑賞してみました!

2020年に公開されたアメリカのサスペンススリラーで、監督は「Search」も手掛けるアニーシャ・チャガンティ。

スリラーということでドキドキハラハラな展開を期待しながら観ましたが、単なるスリラー映画でなく、社会派的な側面もあり、鑑賞後はいろいろ考えさせられる作品でした。

歪んだ親の「愛」の行きつく先は、子どもの視点では“救い”なのか。
限られた家庭の閉鎖空間で、信頼していたはずの母親を疑い、閉鎖空間からの脱出を図るスリリングな物語です。

こんな方におすすめ

・スリラーや心理劇が好きな方

・密室系の緊張感が好きな方

・親子関係・ケア・支配について考えてみたい方

目次
スポンサーリンク

作品概要

題名RUN/ラン(原題:RUN)
公開年2020年
監督アニーシュ・チャガンティ
キャストサラ・ポールソン(ダイアン・シャーマン)
キエラ・アレン(クロエ・シャーマン)
パット・ヒーリー(トム)
セーラ・ソーン(カミー看護師)
公式サイト映画『RUN/ラン』公式サイト

上映時間: 89分

あらすじ

主人公のクロエは、生まれつき複数の重い病気を抱え、車椅子で生活する少女。
外の世界とはほとんど関わらず、ずっと家の中だけで暮らしてきました。

そんな彼女を献身的に支えているのが母・ダイアン。
ホームスクーリングで勉強を教え、薬の管理や食生活まで、クロエの生活すべてを徹底して管理しています。

しかしある日、ふとしたきっかけで “飲んでいる薬が自分のものではないかもしれない” という違和感を覚えます。
その瞬間から、母への信頼は揺らぎ始め、これまで“当然”だと思っていた日常のひとつひとつに、不気味な疑念が忍び込んでいく——。

スポンサーリンク

感想・考察

これから鑑賞される方へ(ネタバレなし)

サラ・ポールソンの怪演が光る

本作で最も印象に残るのは、やはりサラ・ポールソンの、もはや本物にしか見えない演技力です。

一見すると献身的で優しい母親なのに、どこかに不気味な影が差している。
その曖昧な境界線を絶妙な表情の変化で表現していて、観客にも強烈な不安を植え付けます。

特に、笑っているはずなのに目だけが笑っていない瞬間や、クロエを見つめる時の微妙な間が怖さを増幅させていました。
“過保護”と“支配”が溶け合う母親像をここまで説得力を持って演じられる力量が凄まじく、まさに怪演でした。

障害を“弱さ”にしない主人公クロエの魅力

クロエを演じたキーラ・アレンは、実生活でも車椅子を使用している俳優だそうです。
作中での動きや仕草があまりにも自然で、“役として演じている”ようには見えなかったので、後から知ってすごく納得しました。

製作陣が「クロエ役には障がいのある俳優を起用する」という方針を持っていたという背景もあり、クロエが見せる細かな身体の使い方や仕草のすべてがリアルで、演技のひとつひとつにとても説得力がありました。

さらに良かったのは、脚の不自由さをセンセーショナルに強調するのではなく、クロエの知性や判断力、瞬発的な行動の鋭さがしっかり描かれている点。
「障害がある=弱い」という安易な構図ではなく、“状況に合わせて最善を尽くす強さを持った少女”として描かれており、そのたくましさがとても印象に残りました。

気づけば自然とクロエに肩入れしてしまうような、そんな魅力を持った主人公でした。

日常のほころびから生まれるじわじわとした緊張感

最初はただの“過保護な母”に見えていたダイアンの言動が、物語が進むにつれて少しずつ「何かがおかしい」という不穏さへ変わっていき、その違和感を観客も同時に味わえるように作られている点がとても印象的でした。

家の中に閉じ込められたような窮屈さ、外界との接触が極端に制限されている息苦しさなど、クロエの生活空間が怖さを伴って迫ってきます。

特に、薬の名義に疑問を抱き、ネットや電話を駆使して真実を探ろうとする一連のシーンは、情報が断たれた状態で“自分の身体すら信じられなくなる”恐怖がリアルに描かれていました。
観客も一緒に「この家で何が起きているのか?」と考えざるを得なくなり、スリラーとしての没入感は非常に高い作品です。

疑念と閉塞感が積み上がる、完成度の高いスリラー

本作は、クロエの視点を通して“日常の中に生まれる違和感”がじわじわと広がっていくスリラーです。
展開そのものは比較的読みやすい部分もあるものの、家の中で感じる閉塞感や、どこか噛み合わない空気が緊張感を生み、最後までストーリーに惹きつけられました。

クロエが限られた環境の中でどう行動していくのか、というサバイバル的なおもしろさもあり、息をのむ瞬間が続き常にドキドキさせられます。
彼女の“意思と行動”が物語を押し進めていく構造は非常に魅力的で、観終わったあとには小さな達成感すら残りました。

心理スリラーが好きな方や、親子をテーマにしたストーリーに興味がある方にもおすすめできる一本です!

スポンサーリンク

ここからネタバレあり ※未鑑賞の方は注意

母娘関係に隠されていた真実

真相が明らかになった瞬間、その残酷さに思わずゾッとしました。

クロエは「生まれつき重い病気を抱えている」と思い込み、日常的に多くの薬を飲まされています。
しかし実際には、もともと健康な子どもであり、ダイアンが薬を与え続けたことで身体の状態が悪化していったことが明らかになります。
つまり、クロエの病気は“もともとの体質”ではなく、ダイアンが作り上げたものでした。

物語の冒頭で描かれる、早産で生まれたダイアンの赤ちゃんが保育器に入れられているシーン。
観客はその映像から、クロエの体の不自由さは「生まれつきのもの」と自然に受け取ってしまいます。
しかし実際には、ダイアンが出産した赤ちゃんはこの時点ですでに亡くなっており、私たちが見ていたクロエは別の赤ちゃんでした。

ダイアンは自分の子どもを失った現実を受け入れられず、病院で見つけた新生児を連れ去ります。
そして、その子が自分から離れないように、外の世界と切り離し、“病弱な子ども”として育て続けていました。

すべては彼女の歪んだ愛情と支配の結果だったのです。

らっこ

「病気を悪化させている」のはわかっても、まさか他人の子で、しかも健常児だったという展開は衝撃すぎた・・・!

もちろん、後から考えるとツッコミどころもあります。
「健常の子をここまで病弱にできる?」「薬ってそんなに簡単に入手できる?」「担当医を何度も変えて気づかれない?」など、リアリティがやや薄い部分も確かにありました。

でも、それらが気にならないほど“真相の破壊力”と“物語全体の緊張感”が強くて、観ている最中は完全に飲み込まれてしまいました。

スポンサーリンク

母親ダイアンに表れる「異常性」

作中には、ダイアンの異常さが浮き彫りになる描写が本当に多く出てきます。

ダイアンはずっと「あくまでクロエのため」と言い続けていたので、『もしかすると外の世界に出ると本当にクロエに不都合なことがあるのかな?』と別の結末を想像したりもしていたのですが、実際にはただただダイアンが異常だっただけでした笑

そして結末を知ってから振り返ると、彼女の行動のほとんどが一気に恐ろしく見えてきます。
中でも特に印象に残ったのが、次の場面たちです。

① 深夜の監視

クロエがこっそりパソコンで薬の情報を調べるシーン。
暗いダイニングからじっと見ているダイアンの姿は、母親というより完全に“監視者”でした。
温度のない視線が恐ろしく、クロエが支配されていることが明確にわかる場面です。

② 不安を揺さぶる行動

翌朝、ダイアンはあえて通信事業者に電話しているふりをし、クロエに「あなたの行動を全部知っている」とほのめかします。
直接言わないことで不安を煽り、主導権を握り続けようとする操作性の高さが際立っています。

③ 他者への冷酷さ

いつも家まで郵便を届けてくれるトラック運転手・トムがクロエを助けようとしたとき、ダイアンがとった行動は、知り合いに対して普通なら絶対にできないほど冷酷なものでした。
“自分の世界を守るためなら、相手がどうなってもいい”というゆがんだ倫理観が、ここで強烈に浮き彫りになります。

スポンサーリンク

背中の傷が示すもの

ダイアンのシャワーシーンで映る、背中の大きな傷跡。
作中で詳しい説明はありませんが、その傷の深さや古さから、彼女自身もまた過去に親から深刻な虐待を受けていたのだろうと想像が広がります。

ほんの一瞬の描写なのに、“なぜ彼女がここまで歪んでしまったのか”という背景をあの傷一つで示しているような、、とても意味のあるカットだと思いました。

母から子へと虐待が連鎖してしまう現実をわずかなカットで示す、短いながらも強烈な余韻を残す場面でした。

スポンサーリンク

代理ミュンヒハウゼン症候群なのか?

よく語られる「代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)」との関連ですが、作中のダイアンは典型的なケースとは少し違うように感じました。

MSBPは「子どもに意図的に病気や症状を作り出し、その世話をすることで周囲の同情や賞賛を得ようとする」という動機が中心にあります。
しかしダイアンの場合、誰かに“見せるため”にクロエを弱らせているわけではなく、むしろ外界から二人の生活を切り離し、自分だけの世界を維持したがっているように見えます。

実際、序盤で描かれるホームスクーリングをしている親たちの集まりでのダイアンの態度は象徴的です。
大学進学で子どもが家を出ることへの不安を語る母親の話をほとんど聞かず、スマホをいじるほど関心がない様子。
「娘が家を出るのは嬉しいこと。私はつきっきりで旅行にもデートにも行けていなかったから」と、娘を突き放すような発言すらしていました。

らっこ

結末を知ると「あれだけクロエに執着してるのによく言えたな!」という感じですが笑
大学の合格通知を隠し、最初から家を出させる気がなかったことを考えると、この場での言動も“外向けのポーズ”でしかなかったのかも?

ダイアンにとって重要なのは“周囲の評価”ではなく、「母としてクロエに必要とされ続けること」。
その歪んだ欲求が暴走し、クロエを病弱にし依存させる行動へとつながっていった。そんな印象が強く残るキャラクターでした。

スポンサーリンク

クロエの“判断力と機転”が光る緊迫の展開

追い詰められても冷静に状況を読み、わずかな可能性を手繰り寄せていくクロエの“頭の良さ”は、この作品の大きな見どころのひとつです。
身体的には制約がある状況でも、今できることを瞬時に判断し、情報を集め、逃げ道を探そうとする姿がとても頼もしかったです。

たとえば、薬に疑問を抱いた瞬間に複数の手段で調べ始めたり、ダイアンに閉じ込められた際も、ただ怯えるのではなく「どうすれば抜け出せるか」を考え続ける。
そのプロセスがとてもリアルで、“ただ助けを待つ少女”ではなく“自分で状況を切り開く少女”であることがはっきり伝わってきます。

家から脱出を試みるシーンでも、クロエはその場の勢いではなく、事前に状況を分析し、必要な道具や方法を考えた上で行動していました。
身体が自由に動かない中でも「できる範囲の最善」を組み立てていく姿勢が、観客の緊張感を一気に高めてくれます。

クロエの判断力と機転が物語を支え、単なる“被害者の物語”ではなく、“自分で運命を切り開いていく物語” として成立していると感じました。

スポンサーリンク

クロエがつかむ「本当の強さ」

クロエの機転や判断力が光るのを見ていると、本作には“毒親”というテーマの裏側に、もうひとつの物語が流れているように感じました。
それは、“母に決められてきた人生から、自分の意思を取り戻していく”という、クロエ自身の成長の物語です。

ダイアンが自分を殺すつもりはないと見抜いたクロエは、家にあった有機リン酸塩をあえて飲むことで病院搬送を誘導し、外の世界に助けを求める道を選びます。
そのとき発した「You need me.」という一言は、二人の歪んだ依存関係を鋭く突いたセリフで、二人の歪んだ依存関係がよく表れていました。。

病院に保護され、ついに救われたかに思えた瞬間も、ダイアンは執拗に追いかけてきます。
病院へ侵入し、再びクロエを連れ去ろうとするその行動は常軌を逸していて、彼女の“支配への執着”を象徴していました。
看護師の機転で、ダイアンの誘拐は未遂に終わり、クロエはようやく自由を手にします。

スポンサーリンク

そして特に印象的なのが、車椅子に乗せられ連れ去られそうになっていたクロエが、病院内の「ワシントン大学」の広告を目にした瞬間の出来事です。
心の奥底から湧き上がる強い意志によって、クロエの動くはずのない脚に力が入り、車椅子の動きを止めることに成功します

これは単なる“身体的な奇跡”ではなく、ダイアンから精神的に解放されたことの象徴でもあり、クロエという人物がひとりの意思ある存在として立ち上がった瞬間でもあると感じました。

スポンサーリンク

物語が辿り着く“二人の結末”

成長したクロエは、刑務所の医療施設で寝たきりになったダイアンのもとを訪れます。

ベッドに横たわり衰えた姿のダイアンに対して、クロエはあたかも母のお見舞いに来たかのように近況を語りかけます。
一見すると「まだ関わりを持っているなんて、なんて献身的なんだろう」と錯覚してしまいますが、その裏には別の目的が隠されていました。

クロエは、口の中に忍ばせていた”かつて自分が与えられていた緑色のカプセル”を取り出し、「お薬の時間よ」とダイアンへ飲ませます。
刑務官との会話から、彼女が定期的にダイアンを訪ねていることが示唆され、さらにダイアンがクロエにおびえたような表情を見せることからも、“この行為”が一度きりではないと分かります。

クロエの行動は、幼い頃に受け続けてきた支配への“復讐”であり、同時に長年続いた母娘間の力関係が完全に反転した象徴のようにも見えました。

ただ、その一方で「クロエがここまでして復讐を望むだろうか?」という疑問も残り、驚かされはしたものの、個人的には少し納得しきれない結末でもありました。
ハンムラビ法典的な感情は誰にでもあるとはいえ、クロエ自身が選ぶ道としてどう受け止めるべきか、複雑な余韻が残るラストでした。

制作チームのユーモア:『search/サーチ』とのリンク

クロエが志望するワシントン大学の紹介動画には、なんと映画『search/サーチ』に登場するハンドルネーム“fish_n_chips”の女性が出演しています。
同じ制作チームならではの遊び心で、両作を観ている人には思わず「おっ」となる小ネタでした。

スポンサーリンク

まとめ──親子スリラーとして見応えのある一本

映画『RUN/ラン』は、閉ざされた家の中で進む心理戦と、主演二人の圧倒的な演技によって、息をのむ緊張感があるスリラーでした!
タイトルの“RUN”も、単なる「走る」ではなく「逃げる」という意味として作品全体に重なり、クロエの選択と行動の必死さをより強く感じさせます。

サスペンス要素だけでなく、「依存」「支配」「自立」というテーマが静かに余韻として残り、観終わったあともクロエの決断について考えさせられる作品でした。

もし自分がクロエだったらあの状況で同じ行動ができるのか。
そう思うと、彼女への尊敬の念が自然と湧いてくる、そんな一作です。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
スポンサーリンク

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次