【後半ネタバレ】映画『侍タイムスリッパー』感想・考察|ラストの意味

こんにちは、ラッコです。

今回は映画「侍タイムスリッパー」を鑑賞しました。

侍や時代劇といった要素から「歴史に詳しくないと楽しめないのでは?」と思っていたのですが、これまで時代劇をほとんど観てこなかったわたしでも楽しめた作品でした!

幕末の侍が現代にタイムスリップするという設定だけでも面白そうですが、本作の魅力はそれだけではありません。

主人公・高坂の生真面目さが生み出す笑いに加え、時代劇の撮影所を舞台にした人間ドラマや、登場人物たちの熱い思いが印象に残りました。

今回は、実際に観て感じた魅力を紹介しながら、後半では物語の展開やラストに込められた意味についても考えてみます。

らっこ

自主制作のいわゆるインディーズ映画で、予算2600万円のうちの2000万は安田淳一監督自身が自腹で用意したのだそう。最初は1つの映画館での上映でしたが、口コミでじわじわ広がり上映館も増えたんだって。
監督は、予算捻出のためにホンダNSXを手放したとか・・・
映画公開時の口座残高は6245円だったらしい

目次
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作品概要

題名侍タイムスリッパー
公開年2024年
監督安田淳一
キャスト山口馬木也(高坂新左衛門)
冨家ノリマサ(風見恭一郎)
沙倉ゆうの(山本優子)
峰蘭太郎(殺陣師関本)
公式サイト「侍タイムスリッパー」公式サイト

「侍タイムスリッパー」はこんな映画

時代劇初心者の見やすさ  ★★★★★

笑いやすさ        ★★★★★

殺陣の見応え       ★★★★★

重さ           ★★☆☆☆

※あくまで私が鑑賞した際の印象です。

こんな人におすすめ!

  • 時代劇をあまり観たことがないけれど、面白い映画を探している
  • 笑えるだけでなく、胸が熱くなる物語も楽しみたい
  • 主人公を応援したくなるような作品が好き
  • 映画や時代劇を作る人たちの情熱を感じたい
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あらすじ

時は幕末の京都。

会津藩士・高坂新左衛門は、密命を受けて長州藩士を討とうとします。しかし、刀を交えたその瞬間、突然の落雷に遭ってしまいます。

目を覚ますと、そこは現代の京都・太秦。しかも、たどり着いた先は時代劇を撮影している映画の撮影所でした。

自分が守ろうとしていた江戸幕府がすでに滅んでいることを知り、戸惑う高坂。

元の時代に戻る方法も分からないまま、現代で生きることになった彼は、やがて時代劇の撮影に関わり、「斬られ役」という仕事に出会います。

幕末の侍が、現代の時代劇の世界でどのように生きていくのか。笑いあり、熱さありの物語です。

『侍タイムスリッパー』を観た感想

これから鑑賞される方へ(ネタバレなし)

時代劇をあまり観ない私でも楽しめた!

私はこれまで時代劇をあまり観てこなかったので、最初は「歴史に詳しくなくても楽しめるのかな?」と少し身構えていました。

でも、実際に観てみると、そんな心配はほとんどいりませんでした。

本作の面白さは、歴史の知識を前提にした難しい話だけではありません。

突然現代にやってきた高坂が、見慣れない社会に戸惑ったり、時代劇の撮影所で新しい仕事に出会ったりする。その姿を見ているだけでも、十分楽しめました!

特に、高坂はいたって真面目なのに、その真面目さが現代では思わぬ笑いにつながるところが面白かったです。

本人は大真面目なのに、周囲から見るとどこかズレている。

そんな高坂の姿に笑っているうちに、自然と物語に引き込まれていきました。

時代劇に詳しくなくても気軽に楽しめるところが、この映画の大きな魅力だと思います。

山口馬木也さんが体現する「本物の侍」

そして、主人公の高坂を演じる山口馬木也さんも印象的でした。

立ち姿や話し方、鋭い視線、刀を構えたときの佇まい。

どれも自然で、まさに侍という雰囲気があります。

単に侍の衣装を着て演じているというより、本当にその時代を生きていた人物が現代にやってきたように感じられるんですよね。

個人的には、和装姿があまりにも似合っているので、現代的な服装になったときのほうが少し不思議に感じてしまうほどでした。

高坂という人物に説得力があるからこそ、突飛な設定にもすんなり入り込めたのだと思います。

らっこ

沢村一樹さんと唐沢寿明さんを混ぜたような渋い方だったね〜

笑えるだけでは終わらないのがいい!

前半は、高坂の生真面目さと現代社会とのズレが笑いにつながります。

ところが、物語が進むにつれて、作品の雰囲気も少しずつ変わっていきます。

ただ面白いだけではなく、登場人物たちが抱えている思いや、時代劇に向き合う姿勢も見えてくるんです。

最初は笑って観ていたのに、いつの間にか登場人物たちを応援する気持ちになっていました。

笑いとシリアスな場面のバランスがよく、重くなりすぎず、それでいて胸に響くものがある。

このバランスのよさも、本作の好きなところです。

低予算だからすごい、だけでは語りきれない

本作は、低予算のインディーズ映画としても話題になりました。

制作の背景を知ると、限られた環境の中で、ここまで多くの人を楽しませる作品を作り上げたことに驚かされます。

ただ、私が面白いと感じた理由は、単に「低予算なのにすごいから」ではありません。

物語の面白さや登場人物の魅力、そして作品全体から伝わってくる熱量があるからこそ、最後まで楽しめたのだと思います。

映像面では、場面によって手作り感が見えるところもあります。

それでも、脚本やキャラクター、殺陣など、観客を楽しませるための工夫が随所に感じられました。

予算の大きさだけでは、映画の面白さは決まらない。

そんなことを改めて感じさせてくれる作品でした。

頭のいいらっこ

“低予算からの大ヒット”と聞くと『カメラを止めるな!』(2018年)を思い浮かべたなあ
安田監督自身もその存在を意識していたそう・・・!

侍タイムスリッパーを今すぐ見たい方はこちら↓から(令和8年10月7日時点の公開情報ですのでご注意ください。)

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ここからネタバレあり ※未鑑賞の方は注意

ここからは、物語の展開を振り返りながら、もう少し踏み込んで考察していきます。

わたしが本作を観て感じたのは、過去をなかったことにするのではなく、その思いを抱えながら、今の時代で新しい居場所を見つけていく物語だということです。

高坂が斬られ役として成長すること、風見が再び時代劇に向き合うこと、そして最後に高坂が風見を斬らなかったこと。これらの場面は、それぞれ違う出来事でありながら、一つの流れとしてつながっているように感じました。

また、本作には、映画の中で描かれる物語と、それを作る人たちの現実という、もう一つの面白さもあります。

この2つの視点から、印象に残った場面を振り返っていきます。

本物の侍が挑む“斬られ役”

物語の前半では、現代に迷い込んだ高坂が斬られ役として歩み始めます。

特に印象的だったのが、殺陣の師匠・関本さんとの練習シーン。
高坂自身が斬られて終わる、という練習なのに、本物の侍であるがゆえに思わず刀を受けてしまい、ついには逆に関本さんを斬ってしまうという、まさに笑いどころとして盛り込まれた場面。

さらに関本さんは、そんな高坂に合わせて全力で「斬られた演技」をしてくれるうえ、最後には関西弁で小さなツッコミまで入れてくれます。
テンポのいい掛け合いはまるで漫才のようで、思わず笑ってしまいました。

らっこ

吉本新喜劇のような関西のお笑いを感じる部分があり、京都出身の安田監督の色が出ているシーンだと思ったね。

斬られ役は、ただ負ける役ではありません。相手の強さを引き立て、自分の動きによって殺陣全体を成立させる仕事です。

ところが、本物の侍である高坂にとって、「刀を扱うこと」と、「相手を格好よく見せるために自分が斬られる演技をすること」は別物。最初は相手の刀を受けてしまうなど、斬られ役の動きにうまく対応できません。

それでも高坂は、殺陣を学び、刀の重さをどう見せるかまで工夫しながら、少しずつ斬られ役として成長していきます。

侍として身につけてきた技術や真面目さを捨てるのではなく、今度は映画の中で生かしていく。 そうして高坂は、「自分が勝つこと」だけではない別の価値を知っていくのではないでしょうか。

高坂が斬られ役として成長していく姿には、侍としての誇りを保ちながら、新しい時代で自分の居場所を見つけていく変化も表れているように感じました。

時代劇界のスター、風見恭一郎との衝撃の出会い

物語が大きく動くのは、「風見恭一郎」という有名な時代劇役者が登場するシーンです。

風見恭一郎は、元々高坂と同じく斬られ役出身で、十数年前まではテレビや映画で主役を張っていた時代劇界のスター的存在。

そんな風見が、新作時代劇映画の敵役として高坂を指名します。

そして、ここで明らかになる風見の正体。

なんと風見は、かつて高坂が刀を交えた長州藩士・山形彦九郎だったのです。

しかも、風見もまた30年前に現代へタイムスリップし、時代劇俳優として生きてきた人物でした。

幕末では敵同士だった二人が、時を越え、今度は映画の中で再び対峙する。

ただし、高坂にとって風見は、気軽に「昔の知り合い」と呼べる相手ではありません。

高坂は、会津藩士として長州藩士の山形を討つ密命を受け、実際に刀を交えました。ところが、決着がつく前に落雷に遭い、そのまま現代へタイムスリップしてしまいます。

つまり二人は、敵として向き合ったまま、決着をつけられずに別れた相手なのです。

そんな人物が、現代では時代劇界のスターとなり、今度は自分に共演を持ちかけてくる。

高坂からすれば、すぐに気持ちを整理できなくても無理はありません。

しかも、二人が演じるのは映画の中でも敵同士の役柄です。かつての因縁が、今度は時代劇の物語として再び描かれることとなります。

高坂は最初、出演をためらいます。しかし、関本や優子の後押しもあり、出演を決意します。

この展開には、単なる再会以上の面白さがあります。過去の戦いをやり直すようにも見える一方で、二人が生きた時代や、侍としての姿を映画に残す機会にもなっているからです。

しかも、出演を決めたからといって、二人がすぐに打ち解けるわけではありません。

かつて命を懸けて戦おうとした相手と、今度は映画の共演者として向き合う。そんな二人の関係が、これからどう変化していくのか。

ここから先の展開に、ぐっと引き込まれました。

風見が時代劇から離れていた理由――人を斬った過去を抱えて

撮影が始まり、二人は一つひとつのシーンに真剣に向き合っていきます。

撮影が進む中で、風見が時代劇から離れていた理由が明らかになります。

風見は幕末に、一度だけ人を斬った経験がありました。

現代の時代劇で敵を斬る演技をするたび、当時の感触や相手の最期の表情がよみがえり、毎晩うなされるほど苦しんだ末、風見は時代劇から身を引くことを決めたのです。

らっこ

人気俳優として活躍していた風見にも、そんな過去があったとは……。

本作では、高坂の生真面目さが笑いにつながる一方で、侍として生きてきた二人の過去が、現代でも簡単には消えないことが描かれています。

風見にとって、刀を振るうことは単なる演技ではありません。自分が過去に経験したことを、もう一度思い出してしまう行為でもあったわけです。

それでも今回、風見は再び時代劇に出演することを決めます。

その背景には、時代劇を残したいという強い思いがありました。

かつての時代を生きた人々が、何を考え、どんな思いで戦っていたのか。そうした人々の生き様を、時代劇という形で後世に残したい。

風見の言葉からは、自分自身が過去に苦しんできたからこそ、時代劇を単なる娯楽として終わらせたくないという思いも感じられました。

高坂と風見は、かつて敵同士でした。

しかし、二人とも今は、失われていく過去をどう受け止め、これからどう生きていくのかという問題に向き合っています。

だからこそ、二人が同じ映画を作ることになった展開には、単なる宿敵との再会以上の熱さがあるのだと思いました。

会津藩の悲劇と、高坂の決断

順調に進んでいた撮影は、脚本の変更によって大きく変わります。

追加された台本を読んだ高坂は、自分がいない間に会津藩が敗れ、時代が大きく変わってしまったことを知ります。

その事実を知った高坂は、思わず涙を流してしまいます。ここは、観ていて胸が痛くなる場面でした。

わたしたちにとって、幕末の出来事は歴史として学ぶものです。でも、高坂にとっては違います。

自分が守ろうとしていた藩や、共に戦ってきた仲間たちが、その後どうなったのか。

高坂は、それまで知らなかった自分の過去の結末を、現代の台本を通じて突きつけられます。

会津藩が敗れたという歴史的な事実だけでなく、かつての仲間たちに自分が顔向けできるのかという思いもあったのではないでしょうか。

その後、高坂は撮影に集中できなくなり、セリフを何度も飛ばしてしまいます。

それまでの威勢のよさがすっかり影を潜めてしまう姿からは、彼が抱えている苦しさが伝わってきました。

ここで重要なのは、高坂が単に歴史の知識を得たわけではないということです。

自分が生きてきた時代が、もう取り戻せない過去になっていた。

その現実を知ってしまったからこそ、それまでのように演技を続けることが難しくなったのだと感じました。

そして高坂は、自分自身の過去と向き合うため、大きな決断をします。

それが、劇中で撮影する時代劇のクライマックスに、真剣を使うという提案でした。

かつて決着をつけられなかった風見——長州藩の山形彦九郎——と、本気で仕合をしたい。

そうすることで、無念のうちに散った仲間たちに顔向けしたい。高坂の提案には、そんな思いが込められていたように感じます。

風見もまた、高坂の申し出を受け入れます。

互いに過去を抱えてきた二人だからこそ、相手の思いが分かる部分もあったのでしょう。

ただ、劇中の撮影所で本当に真剣を使うというのは、あまりにも危険なことです。

らっこ

監督があまりにもあっさりと受け入れていて、展開的にはありがたいけど驚いたよ笑

劇中の「真剣勝負」は、なぜあれほど本物に見えたのか?

ここからは、本作の中でも特に印象に残った場面です。

劇中の撮影所では、高坂と風見が真剣を使って仕合をすることになります。

高坂は、師匠の関本さんに迷惑をかけまいと、自分が所属していた殺陣の会を離れる決断までします。当然、関本さんも真剣を使うことには強く反対しますが、それでも高坂は決意を変えません。

そして迎えた撮影当日。

劇中の撮影現場には医師や看護師まで待機し、ただならぬ緊張感が漂います。

スタッフたちが見守る中、高坂と風見は「殺陣ではなく仕合をする」という約束を交わします。

かつて決着をつけられなかった二人が、ついに正面から向き合う。

この場面は、これまでの展開を踏まえると、ものすごく熱いんですよね。

二人の表情は、むしろ晴れやかにも見えました。

そして始まる斬り合い。

刀を振るうときの力の入り方、息遣い、互いの表情。激しい攻防なのに、派手なアクションを見せるというより、相手の動きをうかがいながら一瞬の隙を探るような緊張感があります。

観ているこちらも、思わず息を呑んでしまいました。

劇中では真剣を使って仕合をする設定ですが、実際の映画撮影では真剣を使ったわけではありません。

安田淳一監督は、実際の撮影では竹光という、竹を削って刀のように見せたものを使いながら、観客に「真剣で戦っている」と錯覚させることを狙ったと説明しています。

詳しくは、シネマトゥデイの安田監督インタビューや、共同通信系列のOVOに掲載されたインタビューで語られています。

刀を打ち込むまでの「間」をしっかり取ることや、音を抑えた演出などによって、竹光を使いながらも、本当に命懸けで戦っているように見せているのがこのシーンのすごいところです。

映画はフィクションですが、それでも、演技や撮影の工夫によって、観客はリアルな緊張感を感じさせられます。

わたしは、この場面に『侍タイムスリッパー』が描く映画の面白さが凝縮されているように感じました。

高坂と風見の仕合

激しい攻防の末、刀を叩き落とされたのは風見でした。

高坂は首を討つべく刀を振り上げます。

しかし、振り下ろしたのは相手ではなく、地面でした。

高坂は、その場に崩れ落ち、「俺は情けない男だ」と自分を責めるように涙を流します。

この場面も、非常に印象的でした。

高坂は、かつての仲間たちに顔向けするためにも、風見を討たなければならないと考えていたのだと思います。

ところが、いざ目の前の相手を斬る段階になっても、刀を振り下ろすことができなかった。

高坂自身にとっては、それが自分の弱さのように感じられたのかもしれません。

高坂は、ただ風見を憎んでいたわけではありません。

自分が生きていた時代や、かつての仲間たちの思いを背負い、どうすれば顔向けできるのかを考えていたのです。

だからこそ、相手を斬らなかったことは、高坂にとって簡単に割り切れる選択ではありませんでした。

そんな高坂に、風見は、「二人ともそれぞれが信じる道を精一杯生きてきたのだから、それでよいのではないか」と語りかけます。

この言葉によって、高坂は自分が過去にしてきたことを、少し違う角度から見られるようになったのではないでしょうか。

過去に決着をつけることは、必ずしも相手を倒すことではない、と感じさせられる場面でした。

高坂は、かつての仲間たちへの思いを捨てたわけではありません。自分が侍として歩んできた人生を否定したわけでもありません。

それでも、相手を斬ることだけが、過去への答えではない。

高坂が刀を振り下ろさなかったことは、侍としての敗北というより、一人の人間として新しい答えを見つけようとした瞬間だったのだと思います。

「今日がその日ではない」――侍の思いを、今の時代につなぐ

撮影が終わり、風見とのやり取りの中で、高坂は、これからの自分がどう生きていくのかを考えます。

侍として生きてきた自分たちの思いも、いつか忘れ去られてしまうかもしれない。時代劇そのものも、いつか人々から忘れられる日が来るかもしれない。

そんな風見の言葉に対して、高坂は「だが、今日がその日ではない」と返します。

この言葉が、わたしはとても印象に残りました。

いつか忘れられるかもしれないからといって、今すぐに諦める必要はない。

自分たちが生きてきた時代も、そこで抱いた思いも、まだ今の時代に伝えられるものがある。

高坂は、過去を取り戻そうとするのではなく、今という時代を精一杯生きていこうとしたのではないでしょうか。

幕末から突然現代にやってきた高坂にとって、現代は最初、戸惑うことばかりの世界でした。

それでも、斬られ役という仕事に出会い、仲間ができ、映画を作る人たちと関わる中で、少しずつ新しい居場所を見つけてきました。

だからこそ、この言葉には、侍としての過去を捨てずに、今の自分ができることを続けていくという決意も感じられます。

時代劇がいつか忘れられるかどうかは、今すぐに結論を出すことではない。

いつか失われるかもしれないと分かっていても、今できることを精一杯続けていく高坂たちの姿に、本作の温かさがあるように感じました。

優子の平手打ち!心配する気持ちが怒りに変わる

真剣勝負の撮影が終わると、スタッフたちは、あれほど緊張感のある場面が撮れたことを喜びます。

しかし、優子だけは違いました。

優子は高坂に平手打ちをくらわせ、「今回だけ。次はダメですよ」という趣旨の言葉で、二度と同じことをしないように言い聞かせます。
高坂が本当に命を危険にさらしかねない行動を取ったことに、心配と怒りが込み上げていたのでしょう。

高坂は、かつての仲間たちへの思いから、真剣勝負という危険な選択をしました。

一方、現代で高坂と関わってきた優子にとっては、目の前の高坂が無事でいてくれることの方が大切だったのでしょう。

優子の中で、それだけ高坂が大きな存在になっていたのだと感じられる場面でした。

そして、高坂の告白は……「今日がその日ではない」?

優子に叱られた高坂は、彼女に何かを伝えようとします。

しかし、優子はすぐに仕事へ戻ってしまい、なかなか気持ちを伝えることができません。

そんな高坂を見て、風見は優子への思いを伝えるように促します。

ところが、高坂はここでも、すぐに告白することができません。

そして、口にしたのが、再び「今日がその日ではない」という言葉でした。

先ほどは、侍の思いや時代劇がいつか忘れられるとしても、まだその日ではないという意味でした。

それが今度は、優子への告白を先延ばしにするための言葉として使われます。

ここは思わず笑ってしまいました(笑)

さっきはあんなに格好よく聞こえた言葉なのに、今度は告白をためらうための言い訳になっているんですよね。

ただ、この繰り返しがあるからこそ、最後まで高坂という人物らしさが失われません。

真剣勝負では大きな決断をした高坂ですが、恋愛となると、まだまだ不器用なところがある。

命懸けで刀を振るうことはできても、優子に気持ちを伝えるとなると、すぐには踏み出せない。

そんなギャップも、高坂というキャラクターの魅力だと思いました。

関本との和解、そして斬られ役としての新しい人生

その後、高坂は関本とも和解し、再び斬られ役として歩み始めます。

真剣勝負を決意した際、高坂は関本に迷惑をかけないよう、所属していた会を離れる決断をしていました。

関本が真剣の使用に反対したのも、それだけ高坂のことを心配していたからでしょう。

そんな関本が、高坂を再び斬られ役として受け入れる展開は、個人的にうれしかったです。

高坂は現代に来て、侍としての自分を捨てることなく、新しい生き方を見つけました。

そして、周囲の人たちとの関係も築いてきました。

真剣勝負を経て、高坂がすべての過去を忘れたわけではありません。

それでも、過去に縛られ続けるのではなく、これからの人生を歩んでいく。

そんな高坂の姿が、再び斬られ役として撮影に臨む場面につながっているのだと思います。

完成した映画では、二人の決着が違う形で描かれる

ここで、もう一つ面白い点があります。

劇中の撮影現場で、高坂は実際には風見を斬ることができませんでした。

ところが、完成した劇中映画『最後の侍』では、高坂が風見を斬る結末に編集されています。

つまり、撮影現場で二人が本当に経験したことと、完成した映画の中で観客に見せる物語の結末は違うのです。

この違いは、単なる映画内の演出ではなく、本作のテーマにもつながっているように感じます。

劇中の映画『最後の侍』では、高坂が敵である風見を斬ることで物語としての決着がつきます。

一方、わたしたち観客が見届けた作中の撮影現場では、高坂は風見を斬ることができず、自分の弱さに打ちひしがれていました。

完成した『最後の侍』を観ただけでは、高坂と風見が真剣で戦ったことや、彼らが撮影中に感じていた割り切れない思いや葛藤はわかりません。

だからこそ、真剣勝負の場面があれほど強く印象に残るのではないかと思います。

わたしたちが鑑賞しているさまざまな作品にも、作品を観ただけではわからない製作時の思いや苦労が隠れているんだろうなと感じさせられました。

最後に仲間が現代へやってくる!熱とユーモアのある締めくくり

劇中映画『最後の侍』の撮影が無事終わり、高坂は再び斬られ役として撮影現場に立ちます。

なんと、そんな高坂の前に、幕末で高坂と行動を共にしていた会津藩士が姿を現します。
彼も高坂や風見と同じく、現代にタイムスリップしてきたのです。

まさか、こんな展開になるとは……!

ここまで過去への思いや人間の葛藤を描いてきたのに、最後には再びタイムスリップという設定を生かした、コミカルな展開が待っています。

高坂の物語は、過去に決着をつけてすべてが解決するわけではありません。

むしろ、これからも現代で生きていくことになります。

それでも、新しい仕事があり、仲間との関係があり、まだまだ続いていく日常がある。

そんな未来を想像させてくれる終わり方が、わたしは好きでした。

笑いあり、熱さあり、そして最後には少し先の人生まで考えさせてくれる。

『侍タイムスリッパー』は、最初から最後まで、観客を楽しませようという気持ちが感じられる映画だったと思います!

ラッコの評価

おもしろさ     ★★★★☆
ストーリー・設定  ★★★★☆
キャラクター    ★★★★☆
おすすめ度     ★★★★☆

時代劇をあまり観たことのないわたしでも楽しめた、笑いと熱さが詰まった一本。

前半は高坂の生真面目さに笑い、後半では登場人物たちが抱えてきた過去や思いに胸を打たれました。

さらに、劇中の真剣勝負と現実の撮影を分けて考えると、映画というフィクションがどうやって本物の緊張感を生み出すのかまで見えてきます。

難しく考えなくても楽しめる一方で、考えてみると別の魅力が見えてくるのがよかったです。

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まとめ

『侍タイムスリッパー』は、時代劇をあまり観ない私でも楽しめる、笑いと熱さが詰まった映画でした。

高坂と風見の過去を知ると、二人がそれぞれの道を歩んできたことや、時代劇に込める思いも、より印象深く感じられます。

そして、観終わってから振り返ると、過去に決着をつけることだけが答えではなく、今という時代を精一杯生きていくことも大切なのだと感じました。

気軽に楽しめて、観終わったあとにも少し考えたくなる。そんな映画を探している方におすすめしたい一本です!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

それでは。

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