こんにちは、ラッコです。
今回は映画『ターミネーター』を鑑賞しました!
名前を聞いたことがない人はいないんじゃないかというくらい有名な本作。
お恥ずかしながら、USJのアトラクションのイメージしかなく、今回初鑑賞でした。
1984年の作品ということを感じさせる映像表現や雰囲気がありながら、今観ても色褪せないストーリーで楽しめる作品でした。
・迫力のあるアクション映画が好きな方
・SFやタイムトラベルを題材にした作品が好きな方
・シンプルながらも、先の展開が気になるストーリーを楽しみたい方
作品詳細
| 題名 | ターミネーター(原題:The Terminator) |
| 公開年 | 1984年 |
| 監督 | ジェームズ・キャメロン |
| キャスト | アーノルド・シュワルツェネッガー(ターミネーター) リンダ・ハミルトン(サラ・コナー) マイケル・ビーン(カイル・リース) |
| 公式サイト | – |
あらすじ
舞台は1984年のロサンゼルス。
ある夜、サラ・コナーという女性の前に、未来から送り込まれた殺人マシン「ターミネーター」が現れます。
一方、サラを守るために未来からやってきた兵士カイル・リース。
彼は、サラが”未来の人類の運命を左右する重要な人物”だと告げます。
なぜターミネーターはサラを狙うのか。そして、カイルはなぜ未来からやってきたのか。
追われるサラと、それを守ろうとするカイル。二人はターミネーターから逃れながら、生き残りをかけた戦いに巻き込まれていきます。
※こちらは4Kレストア版の予告映像です
感想・考察
これから鑑賞される方へ(ネタバレなし)
先の読めないストーリー展開
鑑賞後にまず感じたのは、ストーリーとしてのおもしろさです。
ターミネーターがロボットだという程度の予備知識しかなかったわたしは、先の展開がまったく読めず、次に何が起こるのか楽しみながら観ることができました!
未来から来たターミネーター、理由もわからないまま追われるサラ、そしてサラを守るために現れたカイル。
設定だけを見ると少し複雑そうですが、物語の構造自体は「追う側」と「追われる側」がはっきりしているので、すぐに作品の世界に入り込むことができます。
基本的には、ターミネーターに追われては逃げるという展開を軸に、派手なアクションを交えながらテンポよく進んでいきます。
その一方で、カイルが一体何者なのか、なぜサラが追われているのかといった謎が少しずつ明らかになっていく構成もおもしろかったです。
複雑な設定を理解しないと楽しめない作品ではなく、物語の軸がとてもシンプルだからこそ、余計なことを考えずにストーリーにのめり込める。
そんなわかりやすさと先の読めなさが、個人的にはとてもよかったです。
ターミネーターの不気味な存在感
ターミネーターを演じるアーノルド・シュワルツェネッガーの演技が、とにかくすごかったです。
ターミネーターはロボットでありながら、外見は完全に人間。
動きや言動も一見すると普通の人間と変わらないのですが、ロボットだと知ったうえで観ていると、ちゃんと「人間ではないもの」に見えてくる、その絶妙な演技が素晴らしかったです。
人間らしい振る舞いをしながらも、感情をほとんど見せず、淡々と目的を遂行していく姿は、普通の悪役とはまた違った無機質な怖さがありました。
特に印象的だったのが、作品を通してほとんど表情を変えないこと。
何が起きても動じることなく、ただ淡々と迫ってくるという感情のなさが、むしろターミネーターの不気味さや恐怖を際立たせていたように思います。
シュワルツェネッガーの存在そのものが、ターミネーターというキャラクターの怖さにつながっていたのが印象的でした。
1984年とは思えないアクション
ストーリーやキャラクターだけでなく、アクションも大きな見どころでした。
1984年の作品なので、今の映像技術と比べれば、もちろん古さを感じる部分はあります。
それでも、銃撃戦やカーチェイスなど見どころは満載で、どのシーンも迫力がありました。
特に印象的だったのが、シュワルツェネッガーの身体の大きさや動きの重さです。
大きな身体で淡々と迫ってくる姿には、それだけで圧倒されるものがあります。
ターミネーターの強さや無敵さを、セリフだけではなく見た目や動きからも感じることができました。
また、当時の限られた映像技術の中で、ターミネーターの強さをどう見せるかという工夫も感じられます。
基本的にはサラとカイルがターミネーターから逃げ続ける展開ですが、同じ「追われる」という状況でも、見せ方を変えながら少しずつ盛り上げていくので、繰り返しのように感じることがありません。
最新の映像技術を使った派手なアクションとはまた違い、限られた技術の中でどう迫力を出すかという工夫が感じられるところも、この作品の魅力だと思いました。
サラ・コナーの変化
そしてもうひとつ注目してほしいのが、サラ・コナーの変化です。
最初はごく普通の、どこにでもいそうな女性だったサラが、カイルとともに逃げながら、自分がなぜ追われているのか、そして今何が起きているのかを知っていく中で、少しずつ変わっていきます。
物語の序盤では、カイルに守られながら逃げるサラですが、カイルから事情を聞き、自分が逃れられない運命に巻き込まれていることを理解していきます。
そして、ただ守られるだけではなく、自分自身も行動しなければならないという意識が少しずつ芽生えていきます。
特に、自分を守ってくれているカイルが傷つく姿を目の当たりにしたことで、「このままではいけない」という思いも強くなったのではないでしょうか。
最初は普通の女性だったサラが、過酷な状況の中で強さを身につけていく、という過程もこの作品の大きな見どころだと思いました。
今観ても古さを感じさせない設定
作品全体を通して、設定やテーマの魅力も印象に残りました。
「未来から過去へ送り込まれた機械」という設定は、今の時代の作品でもよく見かけるものですが、1984年に作られた作品だと考えると、その発想の新しさに驚かされます。
人間と機械の戦い、そして未来を変えることができるのかというテーマも、40年以上経った今観てもまったく古さを感じません。むしろ、今では当たり前のように使われている「人間と機械」という題材を、こんなにも昔から描いていたことに驚きました。
映像には時代を感じる部分がありながら、ストーリーやテーマには古さを感じない。
だからこそ、今初めて観ても楽しめる作品だったと思います!
ここからネタバレあり ※未鑑賞の方はご注意
ジョン・コナーの出生
まず驚いたのが、ジョン・コナーの出生についてです。
ターミネーターとカイルは、2029年の未来からやってきていました。
2029年では、機械と人間の間で激しい戦争が起きています。
そんな中、人間側の軍を率いているのがジョン・コナーという青年。人類を率いる英雄として、多くの人から讃えられています。
そんなジョン・コナーを倒すために、過去へ送り込まれたのがターミネーター。
名前から想像できる通り、ジョン・コナーはサラ・コナーの未来の息子です。
ジョンが生まれる前に母親であるサラを殺してしまえば、ジョンそのものを存在しないことにできる。そう考えて、ターミネーターはサラを狙っていたわけです。
一方、カイルはサラを守るために未来から送られてきました。
ここまでは「未来の英雄であるジョン・コナーを生まれさせないために、過去のサラが狙われている」という話なのですが、物語の終盤で、この設定がさらにおもしろいことになります。
なんと、ジョン・コナーの父親はカイルだったのです。
つまり、カイルがサラを守るために過去へ来たこと自体が、ジョン・コナーの誕生につながっていたことになります。
「サラ・コナーが殺され、ジョン・コナーが生まれなくなる」という未来の変化を防ぐためにカイルは過去へ来たのに、そのカイルが過去へ来なければ、そもそもジョンは生まれていなかった。
未来を変えるための行動が、結果的にその未来を作ることにつながっている、という時間旅行ならではの因果関係が、とてもおもしろいなと感じました。
カイルとサラの関係が生み出す意外な展開
次に触れたいのが、カイルとサラの関係性について。
カイルから「未来のサラが産む子供こそがジョン・コナーだ」と聞かされたものの、当時のサラには恋人らしき人物がいる様子もありません。
そのため、サラの恋愛については特に描かれないのかなと思いながら観ていたのですが、物語が進むにつれて、なんとカイルとサラが恋仲に発展します。
らっこふたりの間に何かしら生まれそうだとは思っていたけど、まさか恋仲になるなんて!びっくり
「ここでカイルとくっついたら、それこそジョン・コナーが生まれてこないのでは?」と思いながら観ていたのですが、まさかのカイルがジョンの父親だったとは・・・
しかも、カイルはジョンの父親について「戦争で亡くなった」と話していました。つまり、カイル自身が話していた「戦死したジョンの父親」とは、ほかでもない自分自身だったわけです。
そう考えると、カイルがサラを守るために過去へやってきたことには、もうひとつ大きな意味があったことがわかります。
そして、サラを守るために最後まで戦ったカイルは、ターミネーターとの戦いで命を落としてしまいます。
ジョンが生まれる前に父親を失うことになりますが、未来で聞かされていた「ジョンの父親は戦死した」という話が、ここでつながるわけです。
アクションが中心の作品だと思って観ていたので、まさかカイルとサラの関係が、ここまで物語の重要な部分につながっているとは思いませんでした。予想していなかったところから物語がつながっていく展開が、個人的にはかなりおもしろかったです。
サラ・コナーの変化と成長に注目
そして、サラの変化が最もはっきりと表れていたのが、物語のクライマックスです。
物語の序盤、サラは突然現れたカイルから「未来では機械と人間が戦争をしている」「あなたは未来を左右する重要な人物だ」と告げられます。しかし、そんな話を突然聞かされても、簡単に信じられるはずがありません。
むしろサラからすれば、自分がなぜ命を狙われているのかもわからないまま、いきなり逃げることを強いられている状態です。カイルからどれだけ未来の話を聞かされても、「そんなことより、まず目の前のターミネーターから逃げたい」というのが本音だったのではないでしょうか。
実際、サラには状況を理解しきれていないからこその行動もあり、事態を知っているこちらとしては「それをやったらターミネーターに見つかっちゃう!」と、もどかしくなる場面もありました。
それでも、何度もターミネーターに襲われ、カイルに守られながら逃げ続けるうちに、少しずつ現実を受け入れていきます。
そして、自分のために命を懸けて戦うカイルの姿を目の当たりにすることで、いつしか「守られる側」から「自分も戦う側」へと変わっていきます。
その変化が最もわかりやすく表れているのが、最後のプレス機を使った場面です。
序盤のサラなら、あの状況で自分からあの方法を思いつき、ターミネーターを追い詰めることはなかったと思います。それまで逃げ続けていたサラが、最後には自分で状況を判断し、自分の手で決着をつける。その姿には、物語の序盤とはまるで違う強さがありました。
そして、ここで思い出したのが、物語の途中で登場する”ジョンが持っていたサラの写真”。
写真に写っていたサラは、わたしが映画の序盤で見ていた彼女とはまるで別人のように、強くたくましい姿をしていました。「未来で一体何があったんだ」と思いながら観ていたのですが、最後まで観ると、その答えがこの物語の中にありました。
ターミネーターから逃げ、カイルと出会い、何度も危険な目に遭いながら戦い続けた。その経験のひとつひとつが、サラを少しずつ変えていったのだと思います。
そう考えると、最後のプレス機の場面は、ターミネーターを倒すためのアクションというだけではなく、物語の序盤では普通の女性だったサラが、ジョンの写真に写っていた「強い母親」へと変わったことを実感できる場面でもあったのだと思いました。
ターミネーターの執念深さが生む「逃れられない恐怖」
物語の中で怖かったのが、ターミネーターの執念深さです。
「サラ・コナーを殺せ」とプログラムされている以上、その命令を実行するまで追い続けるのは当然のことなのですが、それにしても「逃れられない」という絶望感がすごかったです。
どれだけ傷ついても、どれだけ邪魔をされても、ターミネーターには「諦める」という選択肢がありません。少しでも動ける限り、ただひたすらサラを追い続けます。
人間なら、恐怖を感じたり、迷ったり、状況によっては諦めたりすることもあるはずです。でも、ターミネーターにはそういった感情が一切ない。
だからこそ、こちらが「もうさすがに大丈夫だろう」と思うような場面でも、まったく安心できない。人間の常識が通用せず、何をしても追ってくるという存在そのものが、とても恐ろしく感じました。
人間から機械へ変わるターミネーターと撮影技術
ターミネーターが爆発に巻き込まれ、外側の人間の姿が焼け落ちていく場面も印象に残りました。
それまで人間と見分けがつかない姿をしていたターミネーターが、少しずつその正体を現し、最終的には完全に機械の姿になってしまう。ここでようやく「人間対機械」というこの作品の構図が、はっきりと目に見える形になったように感じます。
人間の皮膚や表情がなくなり、金属の身体だけになったターミネーターは、まるで機械そのものが意思を持って動いているようで、それまでとはまた違った怖さがありました。
一方で、ロボットの動きには1984年の作品ならではの特徴もあります。
現在のCG映像と比べると、動きに少しカクカクした印象を受ける場面もあり、最初はちょっとおもしろく感じました。
調べてみると、実際にターミネーターのロボット模型を製作し、それを使って撮影していたそうです。
しかも、現代のように自動で動く高性能なロボットではなく、撮影では人が模型を動かしたり、カメラに映らない位置から支えたりしながら、動いているように見せていたとのこと。
未来からやってきた機械という設定なのに、それを映像にするためには、当時の技術を駆使したアナログな工夫が必要だった、ということを知ると、少しカクカクして見えた動きさえも、むしろ「よくここまで作ったな」と思えてきます。
1984年という時代の技術的な制約がありながら、ターミネーターをこれほど存在感のある存在として映像化していることに、改めて驚かされました。
ターミネーターから逃げた、その先にある未来
物語の最後、サラはターミネーターから逃げ切り、生き残ることができました。
でも、ここで「無事に逃げ切れてよかった」で終わらないのが、この作品のおもしろいところだと思います。
サラはこれから、未来で起こる戦争や、自分の息子であるジョン・コナーが人類を率いることを知ったまま生きていくことになります。しかも、その未来を知っているのはサラ自身だけ。
ターミネーターとの戦いを経験し、カイルを失ったサラが、この先どんな人生を歩み、ジョンをどのように育てていくのか。映画ではそこまで描かれませんが、ラストのサラの姿を見ていると、その先の物語まで想像したくなります。
そう考えると、『ターミネーター』は単に「未来からやってきた機械に追われる」というアクション映画ではなく、未来を知ってしまった人間が、その未来とどう向き合っていくのかを描いた作品でもあるのだと思います。
40年以上前の作品でありながら、未来や運命について考えさせられるテーマが今観ても古く感じられないところに、この映画の魅力があると感じました。
まとめ
今回は映画『ターミネーター』を鑑賞しました!
映画は今回が初鑑賞でしたが、思っていた以上にストーリーがおもしろく、最後まで楽しめる作品でした。
ターミネーターの無機質な怖さや迫力あるアクションはもちろん、ジョン・コナーの出生をめぐる仕掛けや、物語を通して変化していくサラの姿も印象的でした。
40年以上前の作品なので、現在の映画と比べると映像技術の違いを感じる部分もありますが、それを差し引いても、今観ても十分に楽しめる作品だと思います。
長く愛されている作品には、それだけの理由があるんだなあと改めて感じた一本でした。




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